為替とは

為替について淡々と書くと見せかけ色々書いていく姿勢

東日本縦断〜宮城県〜

結果から言うと

先週の水曜日、6/27に北海道に到着してから翌日に急性扁桃炎にて2日程倒されました。

無事回復し何もしない1週間を過ごしました。無職ライフはまだ始まったばかり。

縦断日記すっかり忘れてた。

 

 

前回の通り、縦断2日目は南陽市に一泊し翌3日目6/25に山形県から下道で宮城県へ。

仙台駅周辺を少しブラつきたかったので前日に調べておいた仙台駅周辺の安いパーキングを入力し出発。安いと言っても30分100円くらい。東京レベルでいえば無い安さだが埼玉レベルからしたら普通。

丁度2時間で100キロほど。

途中、笹谷峠という体感的にいろは坂を3倍くらい面倒臭くした峠を通ることになりガソリンを割と持っていかれた。

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折り返し地点からの景色。

この峠の時、本旅もっともリアクションをしていたので同乗者が少し欲しくなった。

自分で運転してこの方4年、初めて車酔いした。

 

 

仙台まで1時間切り、30分切り、15分切り中々都市になって来ないのでなんだここと思っていたが急に視界が開け突如現れた杜の都。人生初仙台。

 

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これにて日本の大型都市を札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、大阪と制覇したことになるので残るは福岡・博多のみ。いつか行くんだろうな。

 

車を停めしばらく散策。

駅からロータリーを眺めた景色。

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上から見ると「デカい大宮」。下に降りて見ると「綺麗で控えめな新宿」

ロータリーの感じがね。

 

この2日前に埼玉県毛呂山町にてガストのチーズインタッチキン(チーズインタッカルビとは書いてあったがチキン)を食べて以来適当におにぎりとパンとお茶と酒しか摂取していなかったので味濃いもんが食いたくなり黒いラーメン。

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末廣ラーメン本舗。見た目ほど味は濃くない。

ラーメンチャーハンセットで1000円。

京都に行ったら必ず食べる新福菜館を源流に持つらしく確かに似た感じで美味かった。

 

なんやかんやと行きたいところ行ったりして仙台駅滞在時間は2時間程。

良いリフレッシュとなりまた出発。

 

 

 

ここから本旅のメインとも言える話ですけど震災系ダメな方、万一居たら止めてください。

現場では俺もなんかやたらと暗くなったけどあまり暗く書く意味もないしなるべく淡々と書いていきたい。

 

 

 

 

 

仙台を発ち目指すは石巻気仙沼地方。途中で本旅2度目の給油。

まだ少し余裕があったので満タンにしても3700円くらい。キューブなので元々そんなに入らないが。

 

 

仙台から石巻まで50キロ、1時間ほど。

あれですね、基本田舎は1キロ1分と言われる通りgoogle mapも基本50キロ60分で提示してきますね。信号ないから楽。

 

 

午後4時頃に石巻到着。とりあえず駅に向かってみる。

途中「がんばろう石巻まで数キロ」の看板があったので向かってみる。

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ここ石巻の南浜地区は道路挟んで海といった立地となっており町そのものが無くなったと言うことがこのマップにてようやく理解出来た。

まさしく当時テレビでよく見ていた地域。

海沿いの地域が更地となっていてクレーンしかないので、あーここら辺なのかなと思って車を走らせていたが自分が立っている場所も見渡す限りの景色も改めてそこが一つの町だったことを考えると背筋が凍った。

「がんばろう石巻」の看板は一月後に建てられたものらしく隣には献花台も。

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見上げるとここまで浸水の表示が。

こりゃ全然無理だ。と改めて間近に確認して声が漏れた。

 

 

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更地の中を歩き回っていると発見したが、あえてなのだろうか?

細かいゴミは多かったのでたまたま回収しきれていないだけなのか。

俺が1人一時間ほどウロウロしていても周りの工事関係の方々は見向きもしなかったのでこうして訪れる人も多いのでしょう。

改めて肉眼で確認すると人それぞれ感じるもが当然あるし、やはりあえて残しているのかな?とか色々考えながら歩き回った。

 

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2年後を目安にメモリアルパークを造園するとのこと。

 

 

 

今回、と言うよりもうずっと一度訪れねばと考えていたがやっと来れた。

当時俺は高校2年生で学校にいた。

夜まで学校の体育館にいたがたまたま父親が車で近くを通りかかったので帰れた。

帰りの車のナビでおにぎりを頬張りながらカーナビに映された一面炎の映像を見て「これ何の映画?」と思ったことは多分忘れないだろう。

 

個人レベルでいえば正解も不正解も何もないことなのだろうなと思う。

当事者の方から全く興味のない人まで日本中たくさんいることでしょう。

だからこそじゃあ俺はこう思う。のみで書こうと思う。

 

俺も何を今更と思った。正直。

当時、何もできず、何もやろうとせず、何を今更と正直。

じゃあこのまま一回も現実を直視することもなくお前は死ぬんだな?と自分が自分に聞いたところそれは違うと返答があった。だから今回来た。

それ以外何もない。本当に今更何をどうのではない。来たいから来た。

そして自分なりに現場を直視した。色々思った。

何になのか、誰になのか、自分勝手に涙が出てきた。

 

 

日も暮れそうになって来たので気仙沼へ移動。

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気仙沼森のコテージ。

今回一番良かった宿場であった。

オーナーの伊藤さんは本当によくしていただいた。

山の中にあり車、バイクがないと行くのは厳しいが清潔で、静かで、星が見えて最高な場所であった。

隣のコテージに泊まっていた20歳の専門学生とオーナー伊藤さんと夜は酒盛り。

夜中2時頃まで話が盛り上がりとても楽しい時間を過ごせた。

2人とも気仙沼の出身で色々な話を直接聞けたことも良い経験となった。

「訪れてくれる人がいることは嬉しい。だからこそ変に悲しみを誇張せず、日々自分の周りの大切な人々を大切にして欲しい。そしたら後悔はないから。」

この日、一番染みた言葉であった。

 

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濃い1日が終わった。

 

東日本縦断〜埼玉〜栃木〜福島〜山形

先日から東日本縦断中である。

埼玉県毛呂山町から北海道ニセコ町まで。実に1300キロ。

4泊5日の国内1人旅です。

 

今月23日に誕生日を迎えた。25歳になった。20代も丁度折り返しです。

 

とまあそんなこんなで2018年6月23日に出発したわけだがまずは福島県矢吹町に。

ちなみに今回は無料高速道路以外全部下道で行きます。

 

 

福島県矢吹町は21歳と23歳の時に二度行っているので今回は一年半ぶり3度目の訪問。

 

前回二回は電車で行っていたが今回は下道で。基本4号。200キロ。遠い遠い。

途中栃木県小山市で1回目の給油。今回はガソリン代との戦いでもある。

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3時頃に埼玉県の毛呂山町を発ったので夜8時頃に到着。

大学時代の旧友と再会し回転寿司で腹ごしらえ後コンビニで買い込み、宅サシ飲みを3時半までやった。誕生日に託けて気前よく奢ってもらった。

久しぶりで楽しかった。

そこからサッカーを観たいとか言い始めたので流石に寝た。

 

 

翌日二日目、6月24日は朝10時おき。

普段10時間寝るとフルポテンシャルになる俺にとってはだいぶ寝不足の中出発。

おなじみ福島特産の酪農カフェオレとクリームボックスを途中で買って食った。安定の美味さ。

旧友が福島市まで行く用事があると言うので途中まで乗っけていく。70キロ。

前日散々飲み明かしたくせに会話が止まらない。

 

福島市まで送り届けた後、俺は山形県長井市へ。また70キロ。

途中、東北中央自動車道にて福島大笹生から米沢北ICまで無料高速道路区間があり助かった。

降りてから30分ほどコンビニが無く25歳早々にお漏らしの危機に直面する。間一髪セーフ。

 

 

何故、山形に寄り道したのか。

山形県長井市には免許合宿で訪れておりもう一度来たいとは思っていたが中々機会がなく来れなかった。

特に何をしたいわけではなくただ行きたかっただけと言う理由でわざわざ寄り道をした。

 

当時の2週間は良い出会いもあり自分の中で大切な思い出となっている。

 

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当時泊まっていた宿名は思い出せなかったが通っていた音楽スタジオは覚えていたのでそこまで行き何となく辿り着けた。

ウィークリー的場。

宿を取るときに思い出せていたらここに泊まりたかった。

 

一通り懐かしみ長井市の隣、南陽市へ移動。

三代熊野と呼ばれる熊野大社があったので一応行ってみた。

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後光に照らされている。

 

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今後の健康と安全を祈っておいた。

 

宿へ移動。

じゃらんに登録されている宿とは違う住所にあり山の上であったので結構迷ったが何とか到着。アメリカンヴィレッジ南陽

とにかく安いと言う理由だけでとったが中々ハイカラなところであった。3600円。

 

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外観。室内は禁煙なので夜一服しようと外に出ようとしたら蛾やら小蝿やらゴキブリが群がっていたので断念しかけたがしばらく部屋の中を暗くしていたら去っていった。

 

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他にもコテージは何棟かあったが俺しか客がいなかったので車の中で聴いていたヒデのハリーメリーゴーラウンドをカバーして楽しんでいた。

夜飯はコンビニで酒とおにぎりを買ってきて適当に済ませた。

無理にご当地モノは食べずに節約の旅を心がけている。

 

風呂が付いていなかったがコテージの隣にハイジアパーク山陽というスーパー銭湯があったのでそこへ行った。露天風呂サウナも付いて500円。安い。

 

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身長からすると61くらいが適正体重らしいが自分的には57〜59くらいが丁度良い。

前日からそんなに量を摂っていなかったので55キロ台まで落ちてしまい少し焦る。

 

寝る前にトイレでゴキブリを二匹発見したが瞬殺して寝た。

 

 

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二日間あっという間に終わった。

恐怖、不安、迷い

平仮名で書くと随分可愛く見える。

きょうふ。ふあん。まよい。

 

 

仕事を辞めることが決まり退職日がもう間近に迫っている。

家の片付けや税金保険の手続きをしてると現実味がグッと増してくる。

ここ2年、安泰した会社員生活では味わえない恐怖、不安、迷いを早くも味わっている。

 

 

 

気持ちが良い。

 

 

 

これからどうなるか全く分からない、という点では就活をする前の大学3年時とあまり変わらないのだが1度でも会社員を経験した後とその前では明らかに考えることも思うことも違う。

 

1度でも会社員になった人間はもう会社員を経験したことがない人間には戻れないのだ。

当たり前のことだがこれがまた自分の中では割と大きいのだなとひしひしと感じている。

 

 

今、旅に出たい。出るべきなのではないか、いやいくら衝動が大事とはいえ経済的にももう少し蓄えてからでも遅くはないのではないか?と葛藤した22歳と、俺は行くと決断した24歳現在とでは。

 

 

知らなかった世界を知り、経験したことなかった生活を経験し、出会わなかった人達と出会ったこと。

 

 

これが間違いなく今の恐怖、不安、迷いの根源であると思っている。

 

 

しかし恐怖、不安、迷いがくることは想像の範囲内であるしむしろ歓迎している。

 

 

今までの安泰した幸せな生活を手放すこと、これからの安定した給与を手放すこと、今までとはあらゆることが変わっていくこと、環境が変わること。

今後、何の保証も無いこと。

 

 

これに対する恐怖、不安、迷いを排除することの方がそもそも無理な話なのだ。

 

 

 

そして最も大事なことはこれは俺が俺に対して勝手に妄想させている幻想にしか過ぎないのだ。

 

 

危険なことは確かに危険であるのだろう。

極寒の中、裸で何時間も居させられたら間違いなく絶命するであろうし最中、幾千もの恐怖、不安、迷いを感じるのであろう。

しかしそれはもう間違いなく危険であると確固とした事実からくるものであり今俺が感じている事とは質が違う。

 

 

危険であるという事実と、恐怖、不安、迷いを感じているという妄想を一緒にしてしまうと身動きが取れなくなってしまう。

これはトレードにも共通すること。

 

 

 

1度、轢かれた安泰のレールを外れる身。

 

 

もう既に振り返ることなどなく、自分の人生を俺は生きていくという強い気持ちが結局、何より大事になってくると確信している。

 

 

恐怖、不安、迷いをマジマジと舐め回すように見つめる。

そして今自分がすべきと自分が自分に対して決めたことをやり抜くこと。

そうするとブルブルくる震えも真正面から受け止められる。気がする。

 

 

俺が大好きな漫画たけしの一節でこんなことがある。

 

マミーとボンチューが初めて対戦した時、マミーが誇らしげに語った言葉。

「この間、喧嘩売られてよぉ。ぶっ飛ばした後二度と立てねーよなボコボコにしてやったよ。」

 

なんとも胸糞悪い台詞である。

小学生だった俺はマミーを嫌いになりかけた。

 

 

その後、マミーとボンチューが共闘することになったある日。

マミーがかつてない強敵に怯えていて、ボンチューに対して恐くないのか?と問いかけた際にボンチューが放った言葉。

「弱音が俺の肩に手回してきやがるからよ。背負い投げでぶん投げた後、二度と立てねーよにボコボコにしてやったよ」

 

 

これなのである。

 

 

このマインドこそ、これからの俺に最も大切なことなのである。

 

 

俺の覚悟が問われて気持ちが良い。

俺が俺に試されて気持ちが良い。

 

 

 

迷わず行けよ、行けば分かるさ。

別れ

今朝、直属の上司の訃報を受けた。

 

 

2年間、本当によく面倒を見てくれた人であった。

よく怒鳴られたし、散々口答えもしたが会社員としての鑑の様な方であった。

 

しょーもねー、つまんねーと個人的には思っていたが、組織人として、会社員としての個人の在り方をよく理解して体現している方であった。

常に「個」ではなく「組織」を意識して行動していた。

いわゆる仕事の出来る上司という存在であった。

 

組織人としての在り方を教えてもらった。

今後、俺がどう生きていくはまだ定かではないが役に立つであろうことをたくさん叩き込んでもらった。

自分の見られ方ばかり気にする(ある意味日本的な会社員としては正しいとは思うが)話す価値もない下らない奴が多い職場の中で信頼できる数少ない人間であった。

その上、自分の仕事観などは決して押し付けることはなくどこまでもフラットな考えを持っている方であった。

理知的な人間ではあったが、結局最後は優しい(厳しさを含め)所が信頼できる部分であったと思っている。

 

若いんだから沢山食え、とラーメンやトンカツにやよい軒とよく連れていってもらった。

いつだか2人で車に乗っている時「もし俺が死んでも誰でも対応できるように一通りの仕事を下の奴らには覚えてもらうからね」なんて話を笑いながらしてくれた。

組織人としてどこまでも正しい。

 

 

会社から野球のチケットを貰うかどうかの話をしていた時、「たまにはガキを東京ドームにでも連れていくか」といった時の優しさに心温まりました。

この人も父親なんだなと当たり前のことに気付いた。

 

 

何より心残りがある。

会社には伝えてあるが、俺が辞めることを直接伝えてお礼を言えていないことだ。

今度の飲み会の席でちゃんと伝えようと思っていた。

悔いが残る。

 

 

「人はいつか死ぬ」だからなるべく思い残すことのないよう楽しく生きようと息巻いていたのはどこの馬鹿だったかな。

結局こうして後悔を残すこととなってしまった。

 

 

今日の今日でいきなりご冥福をお祈りしますなんて、身近な人のことに関しては中々言えないが自分的に故人を偲ぶ意味を考えて書くことにした。

俺が今、何を思っているのか残したくなった。

 

 

 

 

 

 

自分事ではあるが2年半前に鼻の手術を受けて以来、2年前からどうも鼻の構造がおかしくなってしまった。

色々と診てもらい色んな方の見解をきき、大方の原因は分かってきたのだが中々快方には向かわない。

粘膜を取りすぎたせいで、数年かからないと粘膜は再生しないかもしれないとも言われた。手立てが無ければ数年はこのままかもしれない。

調子が悪い日には呼吸がし辛くなることも多く、飛行機に乗ると航空性副鼻腔炎といって頭が痛くなるようになってしまった。ここ2年飛行機には乗れていない。

病気というわけではないのだが正常でないことは確か。

健康を損なって初めてそのありがたみが分かることを痛感している。

当然諦めることもなく日々色々試してはいるのだが中々精神的にきつくなることも多々ある。

誰にだって他人には言えない悩みがあるだろう。

他人には出来て自分には出来ないことがあるだろう。

諦めることもあるだろうし、諦めきれないこともあるだろう。

自分が出来る範囲で考えて精一杯やるしかない。

 

 

 

当たり前は簡単に当たり前でなくなる。

今生きれているとこに感謝をしようと素直に思う。

時間はあると思っていたらあっという間に無くなる。

今を生ききるしかない。

焼酎の割材

焼酎の割材が中々減らない。

 

 

当然焼酎自身も中々減らない。

 

 

実家がそういう家かそうじゃないかが割と関わっってくる気が気している。

 

 

誰しも最初はこっそり飲み始め、次第に実家の中だけは公認。。。そのうち年齢も追いついていき友達とも。。。的な流れが普通だと思うのがそこでの最初の習慣が缶か、割るかがその後の飲酒人生に大きく関わってくると思っている。

 

 

我が家は専ら缶であった。

 

二杯目、三杯目は何かお酢的なもので色々割っていた気もしなくはないが最初の一口目は缶であった。

慣例に従い当然俺も一口目は缶の人間になった。

 

 

一人暮らしをするようになって突発的な飲酒欲を満たせるよう一応、常に焼酎と割材は用意している。

が、これが中々減らない。

 

 

元々そんなに量を喰らう方でもないので最初の1缶目、ないしは次の2缶目で大概満足してしまう。

いつも、そろそろ飲まなきゃなぁなんていう謎な義務感に苛まれながら結局缶を飲んでしまう。

 

 

今日はかなり珍しく早い時間から飲み始めたので久しぶりにコップに氷を入れ、焼酎と割材に手が届いたが飲む度に早く減らんかなぁと思っている。

そして何ヶ月かして一本を飲みきるとまたすぐに次を買うので早く無くならないかぁのループから抜け出すことは今後も出来ないと思っている。

 

 

*気持ちよく酔っ払っているので誤字脱字がありますが勝手に翻訳して下さい。

納税

確定申告。。。

ようやく終わった。。。

 

 

去年の11月頃から何となく考え始めやらねばやらねばと思いながら結局ギリギリになってあれがない、これがないと色々揃え始めやっと提出。

何で面倒なことして金払わねばならないのかと再度納税システムに無駄な怒りを抱きつつだらだらやってたらギリギリになった。

ただ今週の目標がいい加減確定申告の提出だったので一応目標達成ということで。

 

何でこうなるもんかね。夏休みの宿題とか割と早めにやるタイプだったんだけどな。

 

 

FXでの金。

普段はiphoneのアプリ上の数字がただ増えたり減ったりするだけだから中々実感ないけど、こういう機会にいざ手にしてみると重いね。やはり。

金そのものに優劣はないけどなんか重い。うん。普段そこまで

 

 

先物所得に対する雑所得」区分での納税になるわけだけど所得税が15%で住民税が5%課税される。

いわゆる確定申告のこの時期に払うの利益の15%にあたる所得税で住民税はまた6月頃に別途支払わなければならない。

 

 

別に銀行振込でも良かったしクレカ引き落としでも何でも良かったんだけど重さを確かめるためにも現金を下ろして納税しに行った。

ただ「確定申告を外注ではなく自分でやるような事業など大して上手くいってない」という言葉には納得する。

俺の場合事業ではないし、レシートや領収書などもほとんど用意することがないのでかなり楽な部類なのだが、来年は外注頼んでも有り余る利益を稼ぐぞと志新たに思えるいい機会であった。

 

そりゃ未だに何のシステムだよこれと文句の一つも言いたくなるがあんまり文句ばっかり言ってても仕方ないので日々出来ることに集中しようと前向きな気持ちになったところで今年の確定申告終了。

後は税務署から余計な電話がかかって来ないことを祈るのみ。

 

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金って何だ。

生誕9000日を迎えて今思うこと

今から取り散らかっている雑記を書く。

 

 

先日あるネット記事で生誕10000日に関する記事を読んだ。

 

大体27歳と4ヶ月と何日かで訪れるらしい。

 

今、自分は何日生きてきたのだろうと漠然と疑問に思い生誕後の日数を調べられるというマニアックな、しかし物凄く役立つサイトで調べたところ8990日経過していた。

ついでに家族の分も調べ家族ラインに連投しておいた。

 

見た通り区切りのつく近い日が9000日であり、昨日が丁度その日だったので何かにつけて「俺、生誕9000日だし」と言いながら馴染みのラーメンを食べに行き、気になっていたカレーを買い、動物園で奇妙な猿達を見て楽しみ、アメ横を食べ歩きしてせわしなく過ごした。

雑な日記である。

 

 

次の節目である10000日は元気に生きていたら2020年の11月9日らしい。

その日に何をしようというより、その日までに何を成そうと目標をたて過ごす方が建設的だと思っている。

 

 

俺は年齢が好きである。

年齢が好きであるというのは語弊があるが、年齢を何となく意識しながら生きている節がある。

特に20代に突入してからよく考えるようになった。

 

 

自分が何もなし得ていないことに漠然と気付き始めてしまったからなのかもしれない。

 

 

 

最低限やらなければならないこと、またやりたいことをやるためにやらなければいけないことを除き、10代の後半から21.5歳くらいまで好きなことのみをやって生きてきた。

特に先のことを深く考えず何となく生きていた。

今も気をぬくとすぐ何となく楽に生きてしまうのだが、当時はもうろくに税金も払いもせず家庭に寄生して自立することなく暮らしていたので今より酷かったと思う。

やりたい放題とはまさにあのこと。

そしてこれもまたベルトコンベアー式に就活に臨み何やかんやで22歳を迎えていた。

自分なりに試行錯誤しもがいた一年であったが海外を小一人旅しモヤモヤしていたものは何となく晴れた。

 

そして新たな目標というか欲望が続々と生まれた。

情報は欲望の源なりとはまさにこのこと。

がっつり色んな国を回ってやる。

そのためにひとまず働こう。今は金が無さすぎる。

小銭が必要だ。

そしてどこへ行ってもそれを増やせる技術を身につけよう。

雇われて生きるのは窮屈だ。「自由」に対して挑戦しよう。

英語の勉強も再開しよう。

もっと話したい。聞きたい。

他国のことも勉強しておこう。

「関心」と「知」さえあれば何でも楽しめるはずだ。

 

 

23歳を目前に新たな決意であった。

 

 

 

正規で働き始めすぐに23歳となった。

この頃からより年齢を意識し始めた気がする。

 

初海外一人旅の時、自分の英語力に愕然としたことが大きかったのだと思う。

センター試験に備え高校3年の一時期だけ単語と文法を詰め込んだがそれ以来、特に勉強もせず聞かず話さずなので喋れなくて当然なのだがそれでも「もしあれから4、5年英語を勉強し続けていたらどうなっていただろう」という後悔の念が押し寄せてならなかった。

そしてその時に「18〜23まで好きなことばかりして結局何も残ってねーな、、、好き放題する5年間は何も残さないことを学んだしこれからの少なくとも5年間は何かを身につけよう。。。そうだなやはり目先の興味関心が大きい『小銭の利殖の方法』と『英語力』だな、そこに注力しよう」と決意したのは覚えている。

 

心機一転決意ほど無駄なこともないんじゃないかということが分かってきた23歳と4ヶ月の節目にはあーもう20代も三分の一が終わったんだなあと何ともいえぬ焦りを感じながら感傷にふけっていた。

出来る限りの時間を小銭の利殖の方法と英語に費やせたかと問われると全然出来ていないというのが正直なところである。

一応自分なりに毎日の積み重ねはしたつもりだがまだまだ出来た余白はいくらでも見つかる。

結局、自堕落的に過ごせる時間なんぞいくらでもあるし環境を変えないことには何ともならない性分であるということを痛感した。

モチベーションの波も激しいし。

あくまで「昔」に比べるとマシになったがこの2年を振り返っても「まだまだ出来た」余白だらけだ。

後悔して決意をしてもこのザマだ。また後悔が残る。

 

 

そして更に月日が流れもう25歳がぼちぼちと迫っている。

この2年間で実感して学んだのは雇われていようといまいとその人次第で精神的には幾らでも自由になれるということだ。

 

 

 

2年前に立てた目標というか欲望のために充てた時間は決して満足のいく質ではなかったが、いよいよ目標が現実味を帯びてきた。

少しは英語に慣れただろうか。

小銭は少し増えた。

イムリミットである。

機は熟した。

 

 

 

 

 

話がかなり逸れ主題が変わってきたがこのように俺は年齢というものを中々に意識しながら生きているし自分の好きな人や興味のある人が幾つの時に何をやっていたとか1人夜な夜な調べるのも好きである。

 

というわけで27歳と少しになって10000日を迎えるであろう自分に対し理想はあるわけだが、理想や目標を口に出すと人はそこに向かうやる気がなくなるとの研究結果を聞いて以来、口外するのは極力控えているのでここには書かない。

じゃさっきのは何故書いたのか。

もうやるからである。

もうやることに関してはただの「予定」なので別に口外しても良いのだ。

というか「予定」に関してはむしろ周りの人達には伝えるべきだ。

 

まだ出来るかどうか、届くどうかかなり微妙なものに関しては自分の心の内に閉まって置くこととしている。

マイルール。

黙々と進むべし。

 

元々「あえて発言して自分にプレッシャーをかける」的な動機付けは苦手だし。

 

 

 

『年齢学序説』という俺の好きな博多華丸が書いた本があるらしい。

この間その存在を知りkindle版が無かったので現物を注文したがまだ届かない。

amazonのマイページではお届け済みになっているのにも腹立つ。

出店先とも連絡がつかない。

 

一体いつになったら届くのだろう。

早く読みたいしそもそも色々面倒だから俺の生誕10000日までにはkindle化を望む。

 

 

俺の今後にワクワクが止まらない。